時代は癒しを求めている

日本の強烈なパワースポットは修学旅行の定番!

「癒し」と「スピルチュアル」のジャンルは密接関係にあるといってもいいでしょう~「癒されたい」からヒーリング音楽を聴いて、心穏やかになったり高ぶっていた神経を落ち着かせるのにも音楽は有効です。勝負のプレゼンの時には「赤!」というように、アメリカ大統領就任演説などのときにも、ここぞ!という時には「赤」のネクタイというように、カラーと精神状態そしてその色が周りに波及する効果も取りざたされています。最近気になる色とかでも深層心理が読めるといわれているように、「癒し」を必要としている時代ということもあってスピルチュアルを求めるのはごく自然な流れではないでしょうか~!

パワースポット

パワースポット巡りも、だいぶ落ち着きましたが特にパワースポットを狙って行ったわけでもないのに、観光した場所がパワースポットだった。というのは良くあることです。たとえば関東地方の小学校の修学旅行先でお馴染みの「日光東照宮」は日本で有数のパワースポットです。あの戦乱の世を生き抜き、おまけに江戸時代264年の歴史をつくりあげた徳川家康公が、自分の墓所と決めた理由にはこの土地の持つ強烈なパワーを信じたからです。そしてそのパワーを信じれていたからこそ、これから後の徳川家が繁栄するために自分の墓所を日光に置くように命じたからです。。

日光東照宮

日光東照宮はとにかくすべてにおいてすごい強いパワーが溢れている場所です。すごいと思うところが、そこのもつ「龍」「穴」「砂」「水」すべてに強いパワーが溢れているのはもちろんこと、最終的にその『気』が東京に送られているというところです。陽明門とその前の鳥居を中心に結んだ上空に北極星がありますが、その先には江戸の地が続くように設計されているので、東照宮は「風水学」の陰陽道に見事に基づいて設計されています。

大地のエネルギーが満ちている強力な龍穴という土地に、「風水学」そして「陰陽道」といったあらゆる手法を駆使して、大地のパワーが溢れる場所にさらに運気の良い場所に作り上げられているからです。

日光は、古くから関東の中で屈指の修験道の零場でした。男性的で力強いエネルギーは霊山の男体山から、そして柔らかいエネルギーは女峰様からと強いエネルギーと柔らかいエネルギーが交わる、陰陽バランスがひじょうによい龍穴パワースポットです。

そして東京つまり江戸のほぼ真北に位置していることも、家康公は見逃しませんでした。自分が亡くなった後も、生気を送り続けることができる場所として自分の墓所を日光に築くように命じたところが、さすが戦乱の世を生き抜き、自分で薬草をせんじて飲んであの時代に70代という長生きをしただけのことはあります。

陰陽道・風水のあらゆる手法を駆使して、造られているのはもちろんのこともちろん参道の場所も計算しつくされているだけではなく、東照宮にある主な建物を線で結ぶと「北斗七星」の配置になるように造られています。そしてすごいのが、日光東照宮の見所のひとつにもなっている彫刻5173の彫刻すべてに意味があるとされています。彫刻のひとつひとつに意味をもたせることで、さらにパワーを重ねて重ねて積み上げてそして、土地の持つパワーそして陰陽道と風水によって、全てのパワーを完成させているという点でも、ほかの自然が持つパワースポットとは違ったパワースポットになっています。

特に強いパワースポット地点

北辰の道の起点:唐銅鳥居と御水舎の手前…「見ざる、聞かざる、言わざる」のある神厩舎を過ぎて御水舎の所で石畳を右に曲がりますが、その曲がり角がパワースポットです。生気の発生源の奥宮から、本殿そして陽明門を通り、東京にむかってエネルギーが集結する地点になるので、ここは生気アップのパワースポットです。

奥宮…徳川家康公の墓所がある奥宮エリアは、日光東照宮の生気発生源になっています。そしてその生気の発生源からのびる道は、発生した生気が通る道になっているので奥宮から発生されたエネルギーが満ちています。そして奥宮では、順路に沿って宝塔の周りをあるくと、宝塔の真横と真後の場所に、その中でも特に強いパワーが満ちています。もちろん奥宮は、墓所になっているので敬意を表しながら参拝するのが、家康公に対するマナーです。

日光二荒山神社へ続く参道:上神道…東照宮からニ荒山にむかって歩いていくほうが、より強い生気を受けることができます。この参道は龍道と呼ばれる生気の通り道なので強いパワーが溢れています。